メンタルの先生といえば織田先生

その活動はもちろんブログ等も老若男女問わず大注目されている。そんな織田先生に、ご自身の体験やここに至るまでの経緯など女性の観点でいろいろな質問をさせていただきました。

222P4240006-20140620  織田善行

東京大学文学部社会学科卒業後、大手生命保険会社Aflacの人事部長・常務取締役を歴任。

1995年ティー・ピー・アイ・ジャパン株式会社(TPI-Japan)を設立

2009年アドベンチャーコーチング株式会社代表取締役社長に就任

現在はアドベンチャーコーチング株式会社の代表取締役およびNPO法人ソフトパークにて

理事長を務めている。

主な著者:通勤大学MBA〈12〉メンタルマネジメント(通勤大学文庫)

人生にYES!と言うためのパーソナルコーチング


よく時間管理とか、時間を思うようにコントロールするなんて言うけど、そんなことはできません


―先生が社会に出た時、どういう瞬間に自分自身を変えていかなければいけないと思われましたか。

「もう何十年も前の話でよく覚えていません。僕は雨が嫌いだったの。大学でもね、雨になると大学を休んだりしていた。ところが、就職すると雨が嫌いだからといって、会社を休む訳にはいかないから、必ず時間を守るようにした。それは最初に僕が変わったと思っていることです。時間を守るようになると、時間というものに対する感覚が変わってきた。」

―その時間の考え方の変化とは、どういう変化でしたか。

「時間管理とか、時間をどうやってコントロールしていくかというのは、本にも書いてあるし、よく話を聞くけれども。時間なんて通り過ぎていくものでね、それを管理するなんてことは出来ない。管理できるのは、「時間」ではなく「自分」だけだということですよね。自分をコントロールすることが、実は結果として時間を管理することになるんだということです。」

―その『自分をコントロールする』ということが、今の活動に繋がっているということですよね。

「そうですね。」

―意識というのは結構すぐ変えられるものですか。


「まあ…その気になれば変わるものですよ。朝は6時45分に出社してメールをチェック、それから…


―先生はFacebookやブログでいろいろ発信されていますよね。

「Facebook毎回書くわけじゃないけれど、ブログは毎日書いている。今日も、アクセスが午前中で150人くらい。」

―午前中でですか。皆さん更新を心待ちにしているようですね。

「バラつきはありますが1日で500件を超えることもあります。ブログは5年やっていて、アクセス数が6月末で30万件突破しました。朝は大体6時45分から50分の間くらいに出社しています。一番最初はメールをチェックする。それからおもむろに、ブログの原稿制作に入っていく、ブログを書いて載せている間に、Facebookにはたくさんコメントが来ているんで、Facebookのコメントの返事を書いて、ここまでの作業を9時までに終えるという。これが私の毎日。それも時間管理の一つです。」

―なるほど。人よりスタートが早いということですね。

「そうですね。9時になるとお客さんが来はじめるから。それが私のセルフコントロール。」

―次に会社での先生についてお聞きします。メンタルのプロフェッショナルの先生ですが、身近な存在である社員の方と接する際はどういうことに気を付けてらっしゃいますか。

「社員は少数で皆プロですから、あまり気を付けることはありません。仕事の中身とかね、相談あればアドバイスするけれども。それ以外のことで、何かを言うのはほぼない。人にはそれぞれの生き方があるものだからね。この年になるともう、社員に限らず社会に恩返しをする気持ちで接していますね。大体我々60歳以上の人間は一時代を画しているわけですよ。良いところに勤めていて、役員だった人々だって、みんな引退している訳です。少なくとも、社会とのかかわりはほとんどもうないでしょう。そこで我々に出来ることは何かって言ったら、今まで受けた恩にお返ししなきゃいけないんだよね。それだベースにあるわけ。」


今も昔も、女性の感性は仕事でとても生きてくる


―では、コーチングについてお聞きします。今は女性の社会進出が当たり前になって、出産・育児を両立しながら仕事をするという方もいらっしゃいます。先生は女性の社会進出についてどうお考えですか。

「女性の雇用に関しても、アメリカンファミリー(※アフラック)は最先端で取り組んできました。僕も人事を担当していた当時から女性を戦力化していこうという考えがありました。女性と男性の雇用に当然のように差があった時代に、男女まったく同じ条件で、その代わり働き方も全く同じという形で採用していた。研修も、男女全く同じものをやる。当然、昇進のコースも全く同じ。そういうことで更に、好評を聞いた優秀な男子学生が集まってくるようになった。優秀な女性は管理職にどんどん登用しました。またその当時は、保健社会で女性の営業っていうとほとんどなかった。でもそこで女性の営業職を作ったら、女性の感性、女性の細やかさっていうのが活きてきました。」

「そうそう、その当時、僕は女性を活用する会社としてNHKの30分番組に出たことがあります。それくらい女性の活用が珍しかったから。今思うとあの録画の映像、きちんと保存しとくんだったなあと思ったんだけれども(笑)」

―その当時としては、テレビに取材されるほど革新的だったということですよね。


帰る場所をきちんと用意しているから、自分自身を戻れる状態にしておきなさいと


「そうですね。また、女性を雇用するうえで避けて通れない出産・育児休暇みたいなことも、その後復帰できるかというのは、まあ結局は本人の自覚次第だと思う。私たちは法律ができる前からきちんと会社の制度上で、休みを取ることも復帰をすることもできるようにしてきました。まさに※ダイバーシティマネージメントの最先端をいっていました。(※個人や集団間に存在する様々な違い、つまり、「多様性」を競争優位の源泉として活かすために文化や制度などの組織全体を変革しようとするマネジメントアプローチのこと)222P4240009-20140620

ただ女性もね、二年間育児休暇を取ったら、そのあと勉強しないで社会から遠ざかったまま帰ってくるっていうのは、後から苦労するよと言っていましたね。だから僕は女性に対しては、働くのも家庭に関する休みを取ってもそれは大いに結構だと思っている。それがワークライフ・バランスという意味だから。ただし、家にいてもしっかり勉強しなさいよと。帰ってきても働けるような、そういう場は会社が作っておいているから、それを活かすかどうかは本人の問題だから。きちんと勉強してきなよと言っていました。」

―すべては自分次第、セルフマネジメントですね。

―では次はコーチングに関しての質問です。「家庭力コーチング」というプログラムがありますが、こちらは何かきっかけがあって、このようなプログラムを作ることになったのですか。

「これは、これらの日本を救えるような自尊心を持った子供を作らなきゃいかんというのが、きっかけなんですね。子供に何か教えるなら、子供を育てるお母さんに向けて発信するのが有効なんです。お母さんがその気にならない限り、日本の子供は良くならないということに気付いた。それが家庭力コーチングの始まりです。お母さんに向けて自尊心のコーチングをするわけです。」

―それをお母さんがきっちり理解して。

「そう、きちんと子供に接するようになって欲しいと。そうすると、自尊心を持った子供が育つ。例えばオリンピック。オリンピックというと、日本の選手で優勝できるレベルの人は、ほとんどいない。そうすると必ず、自分よりもレベルの高い選手と競争するわけ。負ける可能性が高いわけです。でもその状況でどういう気持ちを持って競技に臨めるかだと思う。自分よりも出来の良いワールドクラスの人たちと競争することによって、自分の能力を伸ばすチャンスだという気持ちを持てるかどうか。自分の記録を伸ばすという観点で試合に臨めば、勝てる能力のある人は優勝する可能性がある。負けた人も勝った人のおかげで自己新記録を出せるかもしれない、というように勝っても負けてもWIN-WINの考え方が出来る人は自尊心が高い人だと思う。ところが勝ち負けにこだわる人の参加の仕方っていうのはね、負けたら「やっぱりだめだった」「自分はダメだ」って思うだけの考え方。これが自尊心の低い人の参加の仕方ですよ。結果だけにこだわるっていうのは、相手が負けて、自分が買ったら喜ぶWIN-LOSEの考え方。いま私たちがいる社会は競争社会。この社会の中では比較するのは自然のなりゆきだが、勝ち負けだけが結果の全てじゃない。比較・競争して尚且つ、自分の能力を発揮するのが自尊心の高い人。勝ち負けではなくて、競争をして自分の能力を高めていける子供を育てられればといいですよね。」


自尊心の意味を理解したお母さんは、自尊心の高い子を育てることができる。


―やはりセルフマネジメントが大事ということですね。この家庭力コーチングは、大体どれくらいの方が受けているんですか?

「年間3000人くらいが受けている。今の日本は、コーチングの観点からいうと親子の距離が適切じゃない。子供と親はある時期になったら距離感が大切になってくる。ある時期っていうのは反抗期。反抗期っていうのは、親からの独立の時期。そのときに、親はきちんとそれを喜んで、独立させたかどうかで、親もそれを結構楽しんでいる。まあ…結婚して家を出る。それが親のためにもなる。」

―そうですね…結婚しないとダメですね。

「そりゃあそう。良い人を見付けて結婚するっていうのは、何だかんだ言っても、僕はね、良いことだと思うよ、正直言って。」

―じゃあ見付からないって言ってるのはもう…

「甘い。見付けてないだけ。」

―ははは…それも自分の意識次第ですね。先生はいつ頃結婚されたんですか?

「僕は29歳かな。当時の女性は25歳くらいでみんな結婚してたよ。僕は女房の親父さんに言われた。「もう25になるから早く貰ってくれ」と。」

―最近の結婚年齢は男女ともに30歳前後ですから、それを基準として考えるととてもお若いですね。結婚された時点では、その後の転職や会社を興すことは予想していらっしゃいましたか。

「いやいや全く。僕の人生は振り返ってみると病気が転機になっているのだけれども、一生の大きな転機ていうのは2回あってね、両方とも病気が関係しています。最初は高校の時。僕は高校を5年間かけて卒業したの。」

―高校5年ですか…

「病気でね。入退院を繰り返して高校5年間通ったんだけど、3年間皆勤賞とった人よりも、出席日数は少なかったと思う。この時期が一つ目の転機です。僕はグレそうになった。その5年生の時、20歳になる年に成人式の招待状がくるわけ。僕がまだ入退院を繰り返しているときに。周囲とのギャップに、すべてを投げ出したいと思ったんだけれども、その時グレなくてよかった。その後、東大にストレートで受かって入学してみたら、二浪やってる連中がいっぱいいた訳ですよ。みんな年が同じような人が、いっぱいいるじゃない。年齢を気にしなくても良くなったの。あの時投げ出さずにまじめにやってて良かった。それで次の転機は53歳の時。高校時代の輸血が原因でC型肺炎を発症した。C型肺炎って、肺硬変、肺臓がんになるコースですよって医者に言われた。すぐに入院したけど、治らないケースの方が多いんです。でも僕はうまくいって、治っちゃったの。病気が治らなかったらアフラックを飛び出すこともなかったと思う。でも、僕は55歳まで飛び出しちゃった。63歳までが定年だというのにね。…もったいないと思うでしょ?」

―そう思います。車や秘書や大きな個室がついてたのに…

「うん。でも半年で治った。織田さんもう良いよって先生がおっしゃった。その入院していた間、何を考えていたか…健康な時はずっと、がむしゃらに走ってきたわけよ。今は病気で絶望的だけど、万一治ったら、別な人生を歩めっていうことだろうなって思ったの。」

―お告げということですか?

「うん…まあ、なんとなくね。そうしたら、治っちゃったわけよ。治らなかったら、僕はアフラックにそのままいたと思うよ。でも治っちゃったの。それならその別な人生を歩もうというので、辞めたの。」

「実はこの出来事には伏線があってね。僕は44歳の時に、社外の研修内に出て、その中のワークショップで10年後の自分へのメッセージを書いたの。その時に、『私は10年後には、教育関係の仕事をしていて、ひとかどの講師として人に教えている』ってメッセージを書いたわけ。これが今でいうところの※アファーメーションです。」

(※自分のやりたいことを肯定的に断言すること、次ページにて詳細を記述)

―それはもうメッセージを書いた時から、今後起きることを意識されていたということなんですね。

「なんとなくね。なんとなく。」

―それまでは教育に関するようなお仕事は何かされていたのですか。

「やってない。社内の社員教育はやっていたけれどもね。自分が教育の仕事をやろうなんて、それまで意識したことない。教育がすごく関係することと言えば、アフラックの人事の経緯くらいかな。その延長線上に、このアファメーションがあったんだろうと思うのだけれどもね。それが、私のアファメーションの体験。後に教育にかかわろうという時、このアファメーション体験をひも解くと、そういうものは体系だったものがあるんだと納得した。よし、やるんだったらこれをやろうって思った。」

―その10年後にメッセージを書いた44歳当時は、病気されていなかったのですよね。

「元気でばりばり、一番しゃかりきになって働いていたときだね。」



アファメーション体験したことありますか?

自分でやりたいことを肯定的な宣言をし続けることによって自己意識を変革する方法の一つ。意識的に良い言葉を選んで、それを自分自身に対して語りかけることで意識や心のあり方を変革に導きながら、人の望む方法に近づいていく自己催眠の一つでもあります


―先生が29歳の時、奥様がまだ25歳の時にご結婚されたということですが、それからの先生の人生の大きな転機 ―ご病気や、転職など、奥様はその時どういう反応をされましたか。

「ああ、何にも言わなかった。転職もね。もったいないと言うのが、普通だと思う。でも女房は何にも言わなかった。でも、僕が言っても聞かないことを判っていたから、何も言わなかったんだと思うけど。僕も一つだけ約束したんだよ。年に一回海外旅行に連れて行ってやるって。」

―それで転職もよいと言っていただけたのですか。

「そう。かれこれ15回くらい一緒に海外旅行しています。」

―先生は語学が堪能でいらっしゃいますし、どこへ旅行に行かれても不便はないですよね。海外の方に、コーチングされたことはありますか。

「ないです。はっきり言って英語はできません。外人との会話は苦手ですよ。ただ、コーチンっていうのはね、色んな質問をしてあげる。これが自分が聞きたいことだったら、あるいは自分が迷っているなあと思えば、色んな質問をしてあげる。これが自分が聞きたいことだった、あるいは自分が求めていた答えだったっていうことを、本人が気づくような形で質問してあげるわけ。だから、聞き役に回れば良いわけよ。アドバイスをするのは、本当の意味でのコーチングじゃない。」

「『僕もこういうことをやったよ』って、自分を主語にしたアドバイスっていうのはね、聞いている人によっては意味がないの。それは、お前の場合だろうと。相談したい人には、『もっと私の話を聞いてよ』というスタンスのはずですよ。だから教え好きの人っていうのは、コーチングのコーチにはなれない。」


大きな転機の時こそ、きちんと自分の胸に問いかけて欲しい


―先生はたくさんの方に講義されていると思うのですけれども、絶対に忘れないで欲しいことはありますか。今踏み出そうとしている人に対して、絶対にこれだけは忘れないで欲しいということがあれば教えてください。

「難しいですね。でもやっぱり、核心の部分にきた時には常に、これが本当に自分が求めている答えなのかなあっていうのを胸に問いかけて欲しい。大きな転機・大きな決断を下すことはそうたくさんはないと思うんだけれども、人生のその曲がり角のようなときに、人の意見を鵜呑みにして、なんとなくこうなっちゃったといのはよくない。きちんと自分の胸に問いかけて欲しいと思うね、そういうときこそ。自分で判断して自分で決断を下したら、他人に責任転嫁出来ないでしょ。その結果、判断が間違っていたとしても、今度はこうやってみようと、自分で工夫するようになる。これからの若い人たちにはそんな人間になってほしいと思いますね。」

―本日はどうもありがとうございました。

2014.09.創刊号

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